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『隠岐国風土記』の「此州」について

はじめに


 過去に「隠岐の「隠州視聴合記(紀)』について」というレポートで同書の「日本ノ乾地以此州為限矣」の「州」を国と解釈するか、島と解釈するかの問題で、隠岐郡知夫村の佐藤家本の写本に州を国と写した写本があることを紹介した。
今回は島と考えていた可能性のある『隠岐国風土記』について報告してみたい。
 

1.『隠岐国風土記』について


 『隠岐国風土記』とは、宝永6(1709)年に殺人罪で隠岐国へ流罪となった京都の医師尾関意仙が、配流された隠岐で記録した文書である。元文元(1736)年伊勢神戸の医師のもとに届けられ、別人が元文2(1737)年10月15日に写した。この文献は愛知県西尾市岩瀬文庫所蔵であるが、島根県立図書館にもコピーが所蔵されている。この『隠岐国風土記』を論文上使用しているのは、管見のかぎりでは池内敏氏が『隠州視聴合記(紀)』との按語(一般に按ずるにと解読に役立つよう挿入される語句)の相違の文献に取り上げられているだけである(『大君外交と「武威」』)(1)

2.『隠州視聴合記(紀)』と『隠岐国風土記』

 
『隠岐国風土記』の冒頭の書き出しは「隠州者在北海中故名隠岐嶋矣」で『隠州視聴合記(紀)』が序文の後、国代記に「隠州在北海中故[云]隠岐嶋」とあるのとほぼ同じだから時代的に見て、『隠岐国風土記』が『隠州視聴合記(紀)』から借用した形で書き始めたものと推測できる。続いて島前(どうぜん)の知夫里郡(『隠州視聴合記(紀)』は知夫郡)、海士郡(『隠州視聴合記(紀)』は海部郡)の村数等、続いて島後(どうご)の周吉郡、穏地郡の村数等が記され、その後島後の府豊崎から三保関、積積浦(稲積浦の誤記か)、北浦、長門下之関、伯州赤崎、若州小濱までの里数(『隠州視聴合記(紀)』の方は美穂関、伯州赤碕浦、石州温泉津までの里数)が記録される。その後竹島、松島について、「二昼一夜走而有松嶋又一昼走有竹嶋俗云磯竹嶋此二嶋無人之地也」が『隠岐国風土記』で、『隠州視聴合記(紀)』は「行二日一夜有松島、又一日程有竹嶋(俗言磯竹島、多竹・魚・海鹿[按神書所謂五十猛歟])、此二島無人之地」とある。
その後に『隠州視聴合記(紀)』は有名な「見高麗如自雲州望則日本之乾地、以此州為限矣」を記している。池内敏氏はこの一文の主語は冒頭の「隠州」とし、「此州」も隠岐国であるとされた(『隠州視聴合記(紀)』の解釈をめぐって・『大君外交と「武威」』(1))。大西俊輝氏は表記されていないが、「見高麗」には竹島(鬱陵島)から高麗をみる視点があるとしながらも、「此州」は隠岐国であり『隠州視聴合記(紀)』が記す州はすべて国であるとされている(『続日本海と竹島』)(2)。これに対して州を島と読み、「此州」を鬱陵島と考えられているのが、かつては田川孝三氏(「竹島領有に関する歴史的考察」(3))、最近では下條正男氏(「竹島問題考」・『現代コリア』(4)、『竹島は日韓どちらのものか』(5))、内藤正中氏(『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』(6))等である。
さて、この部分に関しては『隠岐風土記』はどう記しているのであろうか。「従竹嶋見高麗如自雲州望隠州然則日本之乾地以此州為限矣」とある。すなわち「従竹嶋」が付け加わっているのである。そのため、「竹嶋(鬱陵島)より高麗(朝鮮)を見るのは雲州から隠州を望見するのと同じようである。そうであるから日本の西北の境は此州(竹嶋・鬱陵島)が限界となる。」と解するのが一般的である。なお、此州を隠岐国と読むなら竹嶋は無人島ながら隠岐国の所属地ということになる。『隠州視聴合記(紀)』には66ケ所も「州」の字が使用されており、他との比較ができるが、『隠岐国風土記』は他に使用箇所が見当たらず比較も困難である。
多くの研究者によってなされている論争は『隠州視聴合記(紀)』内の「此州」が国か島かについてであり、「従竹嶋」の文言のある『隠岐国風土記』が特に大きな意味を持つとは思えない。しかし、江戸時代にも知夫村の佐藤家本の『隠州視聴合記(紀)』写本が国と読み、一方尾関意仙の『隠岐国風土記』が島と解釈していることは、興味あることである。

 

 



(1)池内敏『大君外交と「武威」』2006年,名古屋大学出版会

(2)大西俊輝『続日本海と竹島』2007年,東洋出版

(3)田川孝三「竹島領有に関する歴史的考察」『東洋文庫書報』20号,1988年

(4)下條正男「竹島問題考」『現代コリア』第361号,1996年

(5)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』2004年,文藝春秋

(6)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』2000年,多賀出版

 




 

 

 

隠岐国風土記

 

写真1「隠岐国風土記」表紙(愛知県西尾市岩瀬文庫所蔵)


 


 

従竹嶋

 

写真2『隠岐国風土記』「従竹嶋」の記述(愛知県西尾市岩瀬文庫所蔵)

 

 

 

 

 


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